掲載日:2022年3月1日
杉並区立和田中学校
捨てるはずだったモノがいつしか、子供たちが世の中を理解する大切な宝物に
学校の単元「総合的な学習の時間」を使い、社会を回す経済の仕組みを経験する。そんな興味深い取組を行っているのが、杉並区立和田中学校です。SDGsの切り口も持ったこの取組は、全校生徒が参加し、広く世の中を学ぶカリキュラムとなっています。そこにはどのような学びや想いがあるのでしょうか。校長の田口克敏先生と主幹教諭の松下先生にお話を伺いました。
捨てるモノを活かす、そして“経済社会を学ぶ”材料にする
廃棄せざるを得ない厄介者だった存在が、やがてキラリと光り輝く商品になり、それは子供たちが成長する、大切な宝物となりました。
杉並区立和田中学校では、現在、とてもユニークな授業が実施されています。その名も『ぎんなんプロジェクト』。学校の敷地内には、昔から学校の象徴的存在として、とても美しく大きなイチョウの木が何本もありました。種子植物のイチョウは、秋になるとぎんなんの実が大量に落下します。和田中学校の用務主事にとって、ぎんなん掃除は大仕事でした。
用務主事の悩みを聞いた田口校長は、適切な加工で食物になるぎんなんを教育に活用しようと、生徒が主体的に経済の仕組みを学べるカリキュラムとして、全校生徒を対象に『ぎんなんプロジェクト』を立ち上げました。
『ぎんなんプロジェクト』は、学校敷地内にある資源(ぎんなん)を、生徒が一丸となって、生産、加工、流通、販売などのシステムに乗せて製品化する取組です。
松下主幹教諭によれば、1年生はぎんなんを拾い、果肉を剥がして洗浄し、乾燥させ、「食物としてのぎんなん」にします。2年生になると、今度は計量して個別包装することで流通できる「商品」にまで持っていき、パッケージデザインなども作成します。3年生はポスターやチラシなどの宣伝方法を考え、同時に3年間の労働対価に見合った価格を決めます。
毎年12月になると、個別包装されたぎんなんは、生徒たちの保護者や地域などに向けて販売されています。
企業活動が凝縮された学び体験
学習指導要領の改訂に伴って相応の時間が設けられた『総合的な学習の時間』ですが、田口校長によると、この取り扱いに悩む学校は多いといいます。ぎんなんプロジェクトを『総合的な学習の時間』に取り入れる意義についてこう仰っています。
「モノの生産から販売過程まで一貫して全校生徒で取り組むぎんなんプロジェクトから、生徒たちは経済の基礎を学ぶ。厄介者だった資源(ぎんなん)を有効活用することで用務主事の仕事を減らせる。収益の寄付などで地域や社会にも貢献できる。というように誰に対してもメリットがある授業だと捉えています」
入学するまで、ぎんなんがどういうものかも分からなかった生徒は少なくなかったそうです。それでも1年生は収穫の前にイチョウやぎんなんのことを徹底的に調べて『ぎんなん新聞』を作ります。イチョウはどういう植物であり、その実(ぎんなん)にはどんな栄養があるのか。「まず、自分たちが扱うものを知る」というところから始めます。
2年生はただ単に、決められた量のぎんなんを計量して包装するのではありません。1パックはどれぐらいの容量が適切か決定し、さらにはパッケージデザインを工夫し、袋の中に『ぎんなんの取扱説明書』として保存方法、調理方法などのアドバイスを加えます。販売する商品に必要なことを生徒たちが主体的に考えて実行し、製造販売とは何かを学びます。
3年生の作ったポスターはプロを唸らせるような秀逸なデザインやキャッチコピーで構成されています。これは国語科の教員まで協力する本格的なもので、パワーポイントを使って、フリー画像素材と組み合わせてレイアウトします。「イチョウが落とした金色の涙」といった、ぎんなんの魅力を伝えるコピーも生徒が考案します。その出来栄えには保護者や教諭たちも驚いていたそうです。伝えることを学んだ経験は、高校受験の面接時に、自分の思いを伝える際に役立っている生徒もいるといいます。
また広告素材や値段設定に関しては、飲食店やスーパーマーケットに並ぶ商品を参考に、市場価格や広告などを自ら調査、研究し、よりよく売れるための方策に考えを巡らせます。この過程で生徒たちは自然とマーケティングを学んでいきます。
生徒たちが作ったぎんなんは好評で、学校内に設置した特設ぎんなん売り場には保護者や地域の方々などがたくさん来場いただき、瞬く間に売り切れたそうです。収穫量が多い年は、一袋100グラムのパックが200袋以上も生産されました。売上金は生徒会が中心となって使い道を検討し、社会貢献、還元の方法を考えます。これまでには、地域の保育園におもちゃを購入して寄付したそうです。
生徒たちに枠組みのみを提供することで、生徒も“先生も”学んでいく
「1年生が取り組んだものを、2年生が活かし、3年生がまとめる。といったイメージでしょうか。『ぎんなんプロジェクト』は、発端こそ校長である私が思い描き、実行に移したものですが、決して私のやり方を押し付けてはならないと思っています。基本的な枠組みを守りながらも、その都度、生徒たちのアイデアを尊重して、柔軟に変えていくべきものだと考えます。私たち教師側が、セーフティーネットを広げたうえで、どこまで生徒側の自主性に任せるか。あるいは、どこからが私たちが手を差し伸べていく必要があるのか。適宜、見極めていく姿勢が大事だと思っています」(田口校長)
田口校長は『ぎんなんプロジェクト』を継続させる意思を持っています。この取組がスタートしたのは2018年。現状の枠組みも教師側のトライ&エラーから導き出されたもので、生徒たちのアイデアや工夫が盛り込まれてより良いものになっていくのはまだこれから、という段階です。
あまりにも複雑な運営では継続しないし、かといって簡単すぎてもいけない。将来的に生徒たちの工夫を反映させる余地を残しつつ、かつ校長や担当者が代替わりしても継続できるような教師側でのシステムの構築は、ひるがえって学校や教師たちにとっても学びになっています。
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