掲載日:2024年3月25日
大塚製薬株式会社
育業に対する不安の一つは復職後のキャリア。
育業後に活躍の幅を広げる社員が登場するなど、キャリアも育児も諦めない職場環境を作り出した企業の取組とは。
1964年に創業して以来、医薬品やニュートラシューティカルズ※関連事業を通じて人々の健康に貢献している大塚製薬株式会社(本社:東京都千代田区)は、時代に先駆けて1980年代から女性活躍推進に注力し、それが後のダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)や男性育業推進の取組につながりました。そして2022年には男性育業取得率100%を達成しています。その過程や現状について、人事部部長補佐の田中静江さんに詳しくお伺いしました。
(※人々の日々の健康維持に有用である科学的根拠をもつ食品・飲料のこと)
育業を含むD&Iは経営戦略。女性活躍推進から始まった多様性の尊重が育業推進へ。
―御社の育業取得率について、2022年以降男女ともに100%ですが、会社としてどのような姿勢で取り組んでこられたのでしょうか。
人事部部長補佐 田中静江さん(以下、田中): 誰もが個性を生かして活躍できる環境づくりを目指し、以前からD&Iに対する取組を積極的に行っています。
その源流は、1986年に施行された男女雇用機会均等法に遡ります。当時から、多様な人材の活躍がイノベーションにつながるという考えのもと、女性の働きやすさ、女性の活躍を意識していました。結婚・妊娠・出産を機に退職する女性が大半だった時代でしたが、仕事を続けたいという女性も一定数いたという背景もあります。
1988年に発売した食物繊維が手軽に摂れる飲料「ファイブミニ」は、開発者も製品担当者も女性だったことから、弊社の女性支援のイメージを徐々に広げてくれました。その結果、キャリアをしっかり築いていきたいという女性の入社希望が増え、当時、弊社にとって過去最大となる全国で40人の女性営業職の採用にもつながりました。その際、トップが女性社員に対して「これからはみなさんに会社を引っ張っていってほしい」というメッセージを送り、上司に対しても「会社として女性活躍を推進する」ことを発信しました。また、女性の活躍を推進する「女性フォーラム」(現ダイバーシティフォーラム)を立ち上げました。このようにして、会社として応援する姿勢を示し、家庭と仕事の両立を支援する取組を中心に行ってきました。
当初は女性を中心に取組を進めていたものの、ダイバーシティを推進し、イノベーションを追求する企業として、多様性に溢れた誰もが生き生きと働くことができる環境の整備を進めるようになりました。ライフワークバランスの「ライフ」である家庭のことにおいても男女の区別なく、誰もが家事や育児に参加できるようにする必要があるということです。
社員を取り巻く環境が多様化し変化する中、より柔軟に積極的に取り組むために、2007年に「ダイバーシティ推進プロジェクト(現:ダイバーシティ&インクルージョン推進プロジェクト)」が発足しました。本プロジェクトでは、すべての社員がその属性に関わらず働きやすい環境を整えるために、社内の情報や経験を共有し、社員のモチベーションを維持・向上するための施策を実施してきました。また、各種制度や会社の活動を社員に浸透させるなどして、働きがいにつながる環境づくりに努めてきました。
現在、弊社が考えるD&Iは「一人一人の異なる強みを生かす」ことであり、これを経営戦略の一つに位置付けています。育児をしている社員を含む、多様な背景や経験を持つ社員の活躍が、イノベーションやグローバル化をより進展させると考えているためです。
D&Iの側面から育業推進を捉えると、まさに企業成長のための経営戦略と言えると思います。
―御社は2015年に「イクボス企業同盟」へ参画されていますが、主にどのようなメッセージを発信されているのでしょうか。
田中: 若手社員に育業したいかどうかを聞いたところ、想像以上に多くの社員が育業したいと手を挙げました。「ライフ」に対する考え方が、これまでの世代とは大きく変わったと強く感じ、まずは若手を育てる上司の意識を変えていきたいと思いました。
イクボスと聞くと育児をしているボス(上司)という印象を持たれるかもしれませんが、弊社ではイクボスという言葉に、「部下をしっかり育てるボス」という意味を持たせています。部下を育てることは、「ライフ」を充実させながら仕事で活躍する社員を育てていくことを含みます。そのため、まずは育業を含む多様な「ライフ」を望む社員が増えていることを管理職がしっかり理解し、部下の望む働き方を応援する姿勢が重要であると伝えています。これが多様な働き方や生き方を尊重するということであり、そこからイノベーションが生まれ、事業の成長につながると考えているからです。
イクボス宣言や自主的勉強会を通じて育業の重要性を発信。男性育業取得率100%までの道のり
―男性育業推進に関して、育業取得率100%を達成するまで、どのような取組を行ってきたのでしょうか。
田中: 誰もが働きやすい環境を目指し、女性活躍推進が浸透する一方、「イクボス企業同盟」に参画した2015年時点では、育業する男性社員は残念ながらほとんどいませんでした。
当時認識していた大きな課題は、管理職の理解についてでした。そこで、2019年に管理職600人を対象とした「イクボスセミナー」を開催しました。セミナーでは、育業の重要性を説明すると同時に、社員から育業したいとの申し出があった時に、管理職としてかけるべき言葉や、チームとしてとるべき対応などについて説明していきました。近年では全社員を対象に実施しています。
さらに、育業した男性社員のインタビューを社内外に発信していきました。育業した社員の経験談が共有されることで、育業を希望する社員とその上司、双方の不安の軽減につながったと思います。
これらの取組の結果、2016年の男性育業取得率は3.7%でしたが、2022年・2023年ともに100%を達成するに至りました。育業する期間については、2016年には平均10日間前後だったところ、2023年には22日間にまで伸びました。育業が増えたきっかけの一つは、2021年に5日間の特別休暇制度を設けたことだと思います。このように当初は短期間で育業をする男性社員が多かったのですが、最近では、パートナーの妊娠がわかった時点で、3か月や6か月といった期間の育業を希望する社員も増えています。現在では会社が後押ししているという認識が広まり、多くの社員が育業を希望し、積極的に育業するという状況になっています。
―その他に、御社独自の育業や子育てに関する支援の取組はありますか。
田中: 2009年から自主的勉強会「WING」を行なっています。これは社内外の課題を抽出し、チームに分かれて解決策を議論し、意見をまとめていくというプロジェクトです。
この「WING」で男性の育業をテーマにしたチームがありました。メンバーは皆、育業の経験がある男性社員です。その内容は、育業したい社員が上司に相談する時、あるいは上司が相談された時にどのような言葉かけをしたら良いかというもので、最終的に動画を制作して社内で公開しています。実際に育業した経験者が実体験をもとに自らシナリオを作り、出演していて、大変説得力のあるものとなりました。
この他にも、多様な人材のキャリア継続のため、制度などの仕組みの充実も合わせて行っており、オリジナルの制度として、「ファミリースマイルサポート制度」があります。現在、1か月の勤務日のうち1/2は出社することと定めておりますが、お子さんの誕生や介護等の事情で頻繁な出社が困難な場合、原則12か月は在宅勤務で出社は月1回で良いとしている制度です。
また、企業内保育所を設置しています。その一つ、大塚グループ創業の地である徳島県の拠点には定員が210名と大規模な保育所を設けており、そこでは保育所の子供向けに研究員が化学実験教室を行ったり、弊社がスポンサーをしているスポーツチームにその競技の練習会をしてもらったりするなど、行事も充実しています。
このように、希望する社員全員が仕事と家庭を両立しながら働き続けられるよう、様々な施策を実施してきています。
育業、復帰、海外勤務。育業後も活躍するロールモデルとなる社員が生まれたことで、育業はキャリアのブレーキではないという意識の醸成につながった
―育業された男性社員様からはどのような声が寄せられていますか。
田中: コーポレートサイトにて育業した社員の声を公開していますが、実際に話を聞いてみると、育業した後、つまり復職後のキャリアについての不安を持つ社員もいました。
特にMR職(Medical Representativeの略:医薬情報担当者)においては、医療従事者との強い信頼関係を築いていることが非常に多いので、担当を一度外れると復職後の自分の業務はどうなるのだろうという不安が育業のハードルになるケースは少なくありませんでした。
近年、女性の役職者も増えていまして、育業をした女性社員が重要ポストにつくことも当たり前となりました。このような中で、男女問わず、育業に対する不安を取り除きながら、育業後も変わらず活躍してもらえるような情報を発信していくことを意識して取り組んでいます。
最近では、ある重要な取引先を担当する男性社員が育業を選択した事例がありました。本人は、できるだけ子供と一緒にいたいと躊躇なく育業を選択し、5か月の育業を取得しました。第二子誕生というタイミングだったのですが、第一子の時にもっと子供と一緒に過ごしたかったという思いと、自身が将来マネジメントをする立場になったときに育業の経験が役に立つのではという考えがあったようです。
これはインパクトのある事例になりました。復帰後はしっかりとパフォーマンスを発揮し、今もグローバルに活躍しています。育業をしてもキャリアに影響がない、育業後も理想の働き方ができるということを示したロールモデルの1人だと思います。
このような事例を見聞きすることで、キャリアへの不安が和らぎ、少しずつ意識が変わっていくことにつながっていくと思います。
―育業が浸透してきて、社内ではどのような変化が見られますか。
田中: これから育業したい社員が、部署や拠点の垣根を超えて、育業した社員に質問するなどの交流が生まれていると聞いています。通常業務では接点がなかった社員同士の交流が育業を通して生まれたことは、非常に良い傾向だと感じています。
また、世代に関わらず、男性の育児や家事への積極的な参加が社内でスタンダードになってきていることを感じています。
育業の背中を押してくれるイクボスの存在が育業しやすい環境を作る
―育業推進を考えていらっしゃる企業様やご担当者様にメッセージをお願いいたします。
田中: 近年、期間の長さに関わらず育業したいという考えをお持ちの方が増えていると思います。ただ、職場へ迷惑がかかるのではないかという懸念から、言いにくさを感じているケースがあると聞きますので、ぜひ上司の方から言葉をかけていただくと良いと思います。そのためには、まず会社として管理職を対象に、育業への理解が深まり、行動につながるような取組を実施してみてはいかがでしょうか。
実際、「今後のキャリアにおいても良い経験になる。業務を離れて育業に専念することがあっても良いのではないか」という上司のアドバイスが社員の育業を後押ししたこともあります。また相談に乗る人事部の社員の言葉やアドバイスに背中を押され育業に入る社員もいます。
社内ではこうした声かけができるイクボスが増えて来ていると感じていますし、それが育業の浸透につながっていると感じています。
ここまで育業が浸透したのは、社員にとっても、部署や会社にとっても、育業ができて良かったという経験を互いに積み重ねてきた結果だと考えています。育業を経て戻った社員は、上司との信頼関係も強くなっていると感じています。さらに仕事のパフォーマンスに良い影響をもたらすなど、その社員が今後のキャリアを考える上で非常に良い機会になっていると思います。管理職には、育業を勧めることが結果的に会社や部署のためになることを説明されると良いかもしれません。
弊社も、イクボスが育業を支援し、社員をしっかり育てることができる環境の整備に、引き続き取り組んでいきたいと思います。
記事の内容は掲載時点の情報に基づいております。